フリーペーパー うぇるかむ

「うぇるかむ」は、東日本大震災により、山形県へ多数の方が避難されたことをきっかけに、2011年8月に創刊されました。詳しくはこちらをご覧ください
あの時からずっと考え続けています
和合敦子さん

 

 私は線量が高い東部地区の官舎に住んでいます。子どもが中学一年生でバスケットボール部なんですが、まだまだ外で遊びたい年頃ですし、練習したくても場所を選ばなければならないんですね。食に関しては毎日のことですから考えるのに疲れてしまいます。そういったことが原因で福島を離れた人が大勢いるということは理解できます。
 避難した方と私たちのように地元に残っている人の気持ちのすれ違いがどうしても起こってしまいます。批判し合っているようにも見えますが本当は互いのことを想い合っているのだと思います。
 避難するかしないかは個人で判断するしかありません。そしてだれも非難することはできないし、とにかく後悔しないような決断を自分でするしかありません。そしてその決断を互いに認め合うことが大事ではないかと思います。私たちよりもむしろ山形に避難された人たちの方が辛い思いを抱えていると思います。旦那さんを家に残してご自身とお子さんだけが安全なところに行くことに後ろめたさを感じると思います。それでも迷わないでよしと信じた道を歩んで欲しいですね。それよりもストレスなどで体を壊される方が心配です。幸い山形の人は温かく迎えてくださると聞いておりますので甘えさせていただけるところは甘えて欲しいですね。
 何が正解かわかりませんし、十年後、避難しなかったことを子どもにちゃんと説明できるかどうか自信がありません。福島に残っている人は考えないようにしているように見えますが、実はあの時からずっと考え続けています。
★わごうあつこ
山形県中山町出身。福島大学卒業後、教員として相馬農業高校など浜通りの学校に赴任。福島市在住