フリーペーパー うぇるかむ

「うぇるかむ」は、東日本大震災により、山形県へ多数の方が避難されたことをきっかけに、2011年8月に創刊されました。詳しくはこちらをご覧ください
やさしい山形学

8月22日(木)に山形市避難者交流支援センターの主催で「やさしい山形学」のミニ講座が開催されました。講師はセンター職員で、中学校で社会科の教師をされていた村田祐子さんが務め、学校の授業を受けているような懐かしい学びの体験となりました。

「山形県が顔の形になったのはなぜ」をテーマに「山形県の地方と方言」「4つの地方について」「山形の母なる川最上川」の3つの視点から山形の歴史にせまりました。方言では、新庄弁の「さだげね(恥ずかしい)」や庄内弁の「まぐまぐでゅー(混乱している)」など、異国の言葉?と思わせるような方言に盛り上がりました。

山形県の歴史は平安時代に最上川の河南に「出羽国府」が置かれた頃にさかのぼり、江戸時代初期に山形藩と米沢藩2つの藩が成立。その後庄内藩と新庄藩が加わり、明治時代の廃藩置県によって今の山形県が成立しました。県を成立させたのは大久保利通で、県庁所在地を山形市に置いたのは三島通庸だったという、意外に知らない事実や、最上川の舟運文化が山形の発展に大きく寄与したことなどを学びました。

終了後、「本合海」(もとあいかい)「海味」(かいしゅう)「左沢」(あてらざわ)などの難読地名の質問や、福島にあった藩のことなど、話は尽きなく、次回のパート2を楽しみにしているとの声も聞かれました。

お問合せ

山形市避難者交流支援センター

TEL 080-2807-7591