うぇるかむ第74号 平成28年(2016年)6月15日発行
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2うぇるかむ 第74号 平成28年(2016年) 6月15日発行山形に住むと決めた方に聞きました定住についてのインタビュー 以前は借り上げ住宅に入っていましたが、狭く陽も当たらず、息がつまって精神的にも住み続けるのが辛かったのですが、住み替えは認められませんでした。借り上げ住宅にあと2,3年住み続ける事が出来るとは思っていましたが、自分にとって2,3年は若い人の10年、20年にも値するほど長く感じて、制度終了を待たずに自分で住宅を探し始めました。 福島県内では福島市、郡山市、南相馬市も探しましたが、中古物件は大きすぎて一人暮らしには向かず、他も全て条件が合わず、なかなか見つかりませんでした。偶然通りかかった山形県内の町で、以前福島で住んでいた字号と同じ地名を見つけ、ご縁を感じたのがきっかけで、今の場所に決めました。福島に住む息子には、自分で決めてから事後報告しました。 Q 今の場所に決めた理由は? A福島県浜通りから村山地域に定住した女性のAさん 雪が無ければと思う事もありますが、近所の人とも付き合い始め、隣組にも入りました。週に1回体を動かしたり、町のイベントにも出かける様にしています。近所にはスーパーもあって、生活は便利な場所です。いつかは浜通りに戻りたいという希望は諦めていないので、住民票は福島に置いたままにしています。 Q 住んでみた感想はいかがですか? A 23年7月に夫と子供4人と避難してきて、2年間借上げ住宅に住んでいましたが、福島市の自宅と借上げ住宅二軒の維持が大変となり、福島市の自宅を売却、同時に米沢市に家を購入しました。夫は現在も福島市の職場に通っていますが、米沢で条件に合う仕事が見つかれば、こちらで働くことも視野に入れています。 Q 米沢市に定住を決めた理由は? A福島市から米沢市に定住した50代女性のBさん たくさんの思い出がつまった家を手放すことには、かなり抵抗がありましたが、折々子供達には福島県の現状を話してきたので、黙って付いて来てくれました。最終的な判断は、私たち夫婦でしました。親のしたことに対して、すべてを納得したわけではないと思いますが、いずれ、自分たちが親になった時、理解してくれることを願っています。 Q 移住することに対して、どなたかに相談さ   れましたか?ご家族は納得されましたか? A 子供は表面的にはすぐ馴染んだようでしたが、心の奥深くでは口に出して表現できない分、悩みを抱えさせてしまったかもしれません。震災と原発事故を機に、家族にとって一番大事なものは何かということを考えさせられました。そこで出した私たちの答えは家という「モノ」ではなく、そこに住む「家族」。その家族が安心して住めることが一番。そこが米沢だったということです。新しい家でもまた新たな思い出をたくさん作っていきたいと思っています。 Q 住んでみた感想はいかがですか? A2

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