Special Interview:鶴岡市 西田 耕三さん /西田 京子さん
Special Interview
鶴岡市
方史研究家・ノンフィクションライター 西田 耕三(にしだ こうぞう)さん 
手芸作家「ECOHAND」製作者 西田 京子(にしだ きょうこ)さん 

Q 震災の前は、どこで過ごされていましたか?
【京子さん】
 以前は宮城県気仙沼市で実家のクリーニング業をしていました。大島にいる時に地震が起こりました。2日経って、ようやく自衛隊のヘリコプターに乗って、本土に帰ってきました。夫と息子と会った後、その後3月16日に、息子の住む鶴岡市に来ることになりました。
【耕三さん】
 震災の時は自宅にいて、戸締りをして鞄一つ持って、高台にある市民会館に駆け上がりました。鶴岡に住む息子が地震後3日目に避難所まで車で迎えに来た後、高台の小学校で、自衛隊のヘリコプターから降りてくる妻とようやく会うことができました。

Q  山形に来てからは、どんな風に過ごしていますか?
【京子さん】
 震災後は、失業保険をもらいながら、パソコン教室に通いました。そこで出会った友人は縫物が得意で、「一緒に手作り品を作らない?」と誘われた事がきっかけで、24年から家庭に眠っている生地などを活用して手作り品の販売を始めました。クリーニング業をしていた時の営業力を生かして、薬局や本屋など、市内のお店を回って販売をお願いしました。鶴岡は市民の手芸文化が深い場所で、購入者も「もっとこうして欲しい」という要望を言ってくれます。今では産直など市内の5店舗で作品を販売しています。
 鶴岡市に来てから、息子が結婚して子どもも生まれました。家の事をしながら、空いた時間を見つけて手作り品の製作をしたり、販売店に行って売れ行きを見たりしながら過ごしています。手仕事があると張合いがあって、楽しみながら続けています。色んな場所でできた友人も増えました。避難した当初は、県外へ来てしまって、申し訳ないような気持ちもありましたが、今はようやく落ち着いて過ごしていこうと思っています。
【耕三さん】
 妻が手作り品を作るという時、「環境を考えた=エコロジカル」と「手作り=ハンドメイド」を掛け合わせ、「ECOHAND(エコハンド)」という名前をつけました。手仕事があるのは、とても良い事。
 私は気仙沼市では、気仙沼の地域史学や宮城県全体の歴史誌、政治家・小山東助や、400年前に「三陸海岸大津波」を目撃したセバスチャン・ビスカイノの探検記などの他、漁協史や農協史も手がけました。他にも、宮城地域史学協議会を作って、地域史学の研究を続けてきました。河北新報では、エッセイを連載していました。今でも時々依頼があります。鶴岡でも、荘内日報紙にエッセイを発表した他、仙台の博物館や文学館と関わっています。表面的な知識だけで分かったようになるのは許せない性分。今は病気であまり動けませんが、こちらでも注蓮寺に取材をしたり、鶴岡市出身の映画監督について調べたりしています。

 50代の時の耕三さん
 耕三さんの著書は120冊以上
 京子さんの作品


 
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