Special Interview:白鷹町 浅野農園 浅野 勇太 (あさの ゆうた)さん
Special Interview
白鷹町 浅野農園
浅野 勇太 (あさの ゆうた) さん 

Q 震災前、震災後はどこで何をしていましたか?
 宮城県仙台市出身です。理容学校時代に妻と出会い、結婚を機に浪江町へ移り住みました。『カットハウスハッピー』という理美容店で常務取締役をし、浪江店では店長をしていました。
 震災の時は、幸いにも家族全員が無事で、すぐに実家のある仙台市に避難しましたが、当時、年長、年少と2歳だった子ども達が仙台の環境になかなか馴染めなくて、4月に学生時代の友人を頼って、一家7人で白鷹町に避難しました。
 長男が小学校の入学をひかえていて、白鷹町に移った頃には、すでに小学校の入学式が終わっていましたが、学校が特別に一人だけの入学式を開いてくれました。今は6年生になった子どもの心にも、その頃の感謝の想いが残っているようです。
 私は重機の資格を持っていた事もあり、子どもと妻を白鷹町に避難させた後、1年間気仙沼や利府、石巻、仙台でがれきの撤去や解体作業をしました。


Q  りんご農家を始めたきっかけは何ですか?
 妻の実家が農家だった事もあり、将来は農業をやりたいという想いもあって、朝日町のりんごに興味を持ち、やまがた農業支援センターに相談に行きました。小さかった頃、宮城で食べていたりんごが朝日町のりんごだった事も理由の一つです。その後、就農支援の制度がある事も知り、1年間研修生としてりんごの栽培を学んで、25年4月に独立しました。


Q  りんご農家を始めてみてどうですか?
 現在は10種類のりんごを栽培していて、注文から栽培まで妻と2人で全ての作業をこなしています。昔から自分で試行錯誤するのが好きで、木の枝1本1本をパイプで固定して陽の当たりを良くしたり、強風が吹いても倒れないよう工夫をしながら、子ども育てる様に手をかけて作っています。理美容業をしている時から、顔の見える繋がりを作って来たので、昔の繋がりの中で販路を開拓したり、東京の大手スーパーにも卸せるようになったり、徐々に販売も軌道に乗り始めています。
 現在は企業と契約して農地を広げていますが、今後も少しずつ規模を広げていきたいと思います。現在利用している就農給付金は来年度までなので、それまでにしっかりと基盤を作り、この地で頑張っていきたいと思います。

 
避難者の方へのメッセージ
顔の見えるつながりを大切にしてきました。生活の中でも白鷹町に来てから、スポ少のサッカーのコーチをしたり、親同士の繋がり作りにも積極的に参加しています。今の商売でも、顔の見えない商売は出来るだけしたくない。繋がりは、自分から待っているものではなく、自分から求めていくもの。どんな状況でも、自分から行動して広げていきたいと思います。

【お問合せ】浅野農園 
TEL:090-5232-7203
E-mail:y518○i.softbank.jp
(○を@に代えてください)


 
前
しあわせココロのつくりかた(49)
カテゴリートップ
第77号(2016年10月)
次
レシピ:肉じゃが