Special Interview:南陽市 画家 小林 親寛さん



Q 震災前、震災時はどこで過ごしていましたか?

 出身は須賀川市です。震災の時は郡山市に住んでいて、設備屋の仕事をしている時に地震に遭いました。当時、奥さんは第二子の出産で実家のある南陽市に避難していました。奥さんと子どもはそのまま南陽市に母子避難をして、自分は福島と山形を行ったり来たりしていましたが、子どもにとって、パパがいない事で傷つけてるんじゃないかという想いがあって、避難後自分も山形に来て、一緒に住むことにしました。山形に来るときは、やっていけるかちょっと不安もあったけど、「何とかなるさ」と、思い切って来ました。

Q  絵を始めたのはいつからですか?

 幼稚園くらいから絵を描くことが大好きで、壁やそこら中に絵を描いて怒られるような子でした。高校卒業後はデザインを勉強して、デザイン会社に勤めましたが、やっぱり自分の好きな創作がしたいと思い、自分の時間を作っては絵の恩師や仲間と創作活動をしていました。
 絵を描いている時はとにかく無心で、自分の中からどんどん湧き出てくるものを下書きなしで描いていくのが楽しいです。
 福島では子どもの遊び場にあるコンテナに絵を描いたり、建物の壁一面に絵を描いて、建物の中で自分の個展をしたり、ライブハウスで音楽をかけながらライブペイントをしたり、福島では他の作家さん達と一緒に個展を開いたりもしました。
 外でペイントをしている時は、子ども達が興味を持って近づいてきたり、一緒にペイントをしたり、子ども達と一緒に絵を描くのも楽しいです。
 5、6年前にはニューヨークで個展を開きました。片言の英語でしたが、ニューヨークの人達とコミュニケーションをとり、作品を見て気に入ってもらえてとても嬉しくもあったし、それと同時にとても刺激を受けました!
 


Q  今後、どんな活動をしていきたいですか?

 今は川西町の家具屋さんで家具の修業をしながら創作活動をしています。今までは平面に絵を描いていましたが、これからは立体のものにペイントをしたりして、もっと楽しいものを作ってみたい。子どもから、おじいちゃんおばあちゃんまで、絵を見て明るく楽しくなってもらえるようなものを創っていきたいです。
 絵の恩師の口癖は、「人生、やっちゃったもん勝ち。」「楽しんだもん勝ち。」自分自身も、気になる事があったらすぐ行動するタイプ。「とりあえずやってみて楽しいかどうか」を大事にしています。
 これからも、展示やペイントの機会があったら、色んな事に挑戦していきたいです。
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