Special Interview: 山形市 富岡町出身 三瓶 清さん



Q 震災前、震災時はどこで何をしていましたか?

 福島県富岡町出身です。私は散歩している時に地震に遭いました。屋根瓦は落ち、家財も倒れましたが家族4人、ケガは無かったのが幸いです。地震の翌日、近所の人から原発から放射能が漏れるかもしれないと聴き、その後福島県内の避難所や学校を7、8か所転々としました。3月の下旬ころ、実家のあった山形に来て、山形市総合スポーツセンターの避難所へ入りましたが、当時89歳の母もいたので、宿泊所に数泊した後、避難所近くの一軒家に入りました。避難中、山形の人には宿泊所を紹介してもらったり、物資をいただいたり、とても親切にしてもらいました。避難後の7月、一緒に連れてきた愛犬のムックが亡くなりましたが、ストレスが原因だったと病院で分かり、その時はとてもショックでした。


Q  今はどんな事をして過ごしていますか?

夜ノ森駅 富岡町は夜の森桜が有名で、福島の人なら一度は住みたいと憧れる人気の町です。30代の頃から街の風景や花の写真などを撮り始め、1年にアルバム1冊分くらいは撮りためています。数年前から、菊づくりをしている兄に教わって、ドーム菊を育て始めました。大きく咲くと、家族が喜ぶので続けています。
 妻は震災まで理容室をしていて、地震のあった日もお客さんの髪を切っていました。避難後、今から理容室再開するのも大変なので辞めてしまいましたが、今まで毎日仕事であまり旅行が出来なかったので、今は一緒に山形県内の温泉地めぐりや、バラ園やユリ園などに花を見に出かけるのを楽しみにしています。

Q  今後はどのように過ごしていきたいですか?

 富岡町は来年避難指示を解除する方向でいますが、地区の相当数の家は解体を希望しています。いつかは町に帰りたいという気持ちはありますが、町の再生が進まないと難しいと思います。
 避難して、細かい事は気にしないようになりました。家にこもっていると話もしなくなってしまうので、できるだけ外に出かけて、趣味を楽しんでいると気持ちも紛れます。落ち着いたら、遠くへ旅行に行きたいと思っています。山形県には富岡町の人が30人ほどしかいません。人数の少ない場所にいる人ほど、寂しい気持ちになりやすいと思います。機会があれば同郷の人とつながりたいですね。


 






【お問合せ】
三瓶さんにご連絡を取りたい方がいましたら、下記問い合わせ先までご連絡ください。
復興ボランティア支援センターやまがた
(月-金 9:00~17:00)
TEL:023-674-7311 
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