Special Interview 米沢市 やまがた愛の武将隊 直江兼続 大千院 義尊(だいちいん よしたか) さん




米沢市
やまがた愛の武将隊 直江兼続

大千院 義尊(だいちいん よしたか)  さん
 
 
    (本人:手前中央)









Q 震災の前はどこで過ごしていましたか?

 埼玉県で生まれ、小学校から高校まで福島県白河市で過ごしました。高校では演劇部に入り、人に伝える楽しさに気付き、卒業後は東京の劇団に入りました。しかし生活は厳しく、アルバイトをしながら食いつなぎました。このままでは駄目だと思い福島に戻り、オール電化や太陽光パネルなどを扱う住宅設備会社に就職し、総合職に就きました。
 東日本大震災の時は郡山市にいて、土日に開催予定だった住宅設備相談会の準備をしていました。地震の揺れで水銀灯が落下し、あまりの衝撃音で戦争が起きたのかと恐怖を感じました。揺れが収まり、須賀川市にある会社に戻りましたが、社内は散乱し、住宅被害に遭ったお客様からの問合せが相次いでいました。次の日から、雨漏りが心配で屋根を直して欲しいという要望を受け、屋根のブルーシート張りに地元や宮城県などを奔走しました。作業は秋口まで続き、自分でも千軒近く張ったと思います。

Q 震災後はどのように過ごしていましたか?

(本人:左から2番目)
 震災で白河市の実家は土砂崩れに遭い、安否がわかりませんでしたが、兄に電話がつながり、1ヶ月後に母の無事を確認できました。ブルーシート張りは一段落したものの、負債により会社は清算し、職を失いました。2012年に母と共に会津の西郷村に移り住み、住民票を取ろうと役場に行った際に、大河ドラマ「八重の桜」のPR隊募集ポスターが目に入り、震災前に役者を目指していた頃の情熱が再燃しました。締切りから3日経っていましたが、担当者に熱意を伝え全国オーディションを突破し、「ふくしま八重隊」の一員となり、大河ドラマと福島PRのために全国を飛び回りました。八重隊は3年で終了しましたが、その後「福が満開ふくしま隊(現Happyふくしま隊)」の「花見山咲太郎」役として3年間、観光PRに従事しました。

Q 今の仕事を始めたきっかけは?

 震災後、姉と子ども達が山形市に避難し、温かく迎え入れてくれたと感謝していました。福島でPR隊をしている時に、愛の武将隊にお声がけをいただいたことや、人々の温かさに魅力を感じ米沢市に来ることを決めました。2016年7月に「やまがた愛の武将隊」の一員になり、最初に直江兼続の役をいただきました。直江兼続は越後(新潟県)に生まれ、上杉謙信、景勝に仕え、関が原の戦い後、減封(げんぽう)された藩の建て直しに尽力したと聞いています。私自身も他県から来ましたが、迎え入れてくれた米沢や、育ててくれた福島へご恩返しがしたいと思い役作りに励んでいます。武将隊は結成から10年目になりました。入った当初は年間100回程の出陣回数でしたが、メンバー同士、時には意見を交わし、日々稽古を重ねることで、昨年は221回に増えました。

避難者へのメッセージ

 震災時、福島では山形から多くの支援物資を頂いたり、避難者の受け入れなど、様々な面で支えていただいたと聞いています。支えられた側の人達は、いつかは支える側になってほしいと思います。育ててもらった福島にも感謝しています。県を離れても見えない絆でつながっていると信じています。

【やまがた愛の武将隊】
公式ホームページ:
https://ainobushoutai.jp/
今後のスケジュールは出陣表をご覧ください。

 
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